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十二国記は打ち切り?作者・小野不由美の現在と新作をチェック

「十二国記って、打ち切りだったの?」

という問いかけを耳にするたびに、私は思わずコーヒーをこぼしそうになります。

確かに2002~2003年にNHKで放送されたアニメ版は全45話で終了し、主人公である中嶋陽子の物語をすべて追いきれないまま幕を下ろしました。

視聴者からすれば

「なぜ中途半端なところで終わったの?」

となるのも無理はありません。

ただし、ここで「打ち切り」という言葉を鵜呑みにしてしまうと、原作者・小野不由美さんの壮大なファンタジー世界の“今”を見失うことになるんですよね。

実のところ、『十二国記』という作品世界はまだまだ現在進行形。

2019年には約18年ぶりの長編新刊『白銀の墟 玄の月』まで登場し、ファンを歓喜のるつぼに巻き込んだのです。

では、一体どうして

「打ち切り?」

と疑われるようになったのか。

そして小野さんの創作活動はどこへ向かっているのか。

こうした疑問を抱えている方々のために、アニメ終了をめぐる誤解から最新短編集の話題、さらにはミュージカル化などのメディアミックスの動向まで、まるっと網羅して解説していきましょう。

長い休止やアニメ版の終了がもたらした勘違いを解きほぐせば、「十二国記」が未完どころか、打ち切りとは真逆の盛り上がりを見せていることを実感できるはずです。

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「打ち切りなの?」と囁かれた背景アニメ版の45話終了はなぜ?

NHKで放送されたアニメ版『十二国記』は全45話。

これが2002~2003年にかけて放映されると、それまで原作を未読だった層にも一気に認知が広がりました。

ところが、放映終了後の視聴者からは

「肝心の陽子の統治はまだ途中なのに…」

「アニメは尻切れトンボで終わったよね?」

と不満の声が上がります。

しかもその後、続編らしき動きは音沙汰なく、長く沈黙が続いたため

「これは制作中断…いや、打ち切りだな」

と決めつける人が増えたわけです。

ただ、これはあくまでも“アニメ”が一区切りで終了しただけ。

NHKによる公式アナウンスでも

「制作打ち切り!」

という表現は使われていません。

むしろ背景としては、当時の原作がまだ終わっていなかった、尺と予算の都合、そして脚本サイドで新キャラクターを入れて話を再構成するなど挑戦した結果、思うように回収しきれなかったエピソードが多かった――そんな事情が複合的に絡んだようなのです。

視聴率が絶望的に低かったとか、人気がなかったという話はさほど聞かれません。

深夜の民放アニメに比べれば、

NHKのファンタジー枠で45話も放送された

という時点で、それなりに評価されていた部分もあるわけですね。

単に

「原作のストックが十分ではなかったし、二期の制作体制をすぐには組めなかった」

というのが近い真相でしょう。

打ち切り説拡散の原因見た目の中途半端感

主人公の陽子が異世界に呼ばれ、慶国(けいこく)の王になるまでの成長を描く『月の影 影の海』や、泰麒(たいき)の物語が交錯する『風の海 迷宮の岸』などをベースにしながら、アニメ版ではオリジナルキャラクターの杉本が加わるなど、原作にはない演出が盛り込まれました。

これがファンからは賛否の声。

とはいえ、制作側の意図としては「陽子の内面や葛藤を映像でわかりやすく補足する」ための改変で、そこまで一方的に批判されるわけでもありませんでした。

ところが、結局45話で終わった結果、

“肝心なところにたどり着かないままアニメ終了”

という印象が強烈に残ってしまい、

中途半端=打ち切り

という公式とは無関係な説が一人歩きしてしまったわけです。

「もし二期かリメイクがあれば最後まで見られるのに…」

というファンの思いがネット上に散らばり続けた結果、打ち切り説がじわじわ浸透。

これこそが今に至るまで「十二国記 打ち切り」で検索する人が後を絶たない理由です。

視聴率と制作コストも一因?

アニメ制作には予算とスケジュールが付き物。

『十二国記』のように原作が大河ファンタジーで、かつ当時はまだ完結していないとなると、アニメスタッフとしては難しい判断を強いられたはず。

特にNHKは受信料で運営される公共放送という性質上、民放と比べると視聴率だけでスパッと判断するわけでもありませんが、それでも45話も続けるにはなかなかのコストがかかりますし、予定していたところまで一応放送した段階で「お疲れさまでした」という流れになった可能性も高いでしょう。

このあたりは公式資料が少なく推測の域を出ませんが、のちに「新作アニメ制作が決まった」というニュースは流れなかったため、「もう続かないのか…」とファンの残念な気持ちが打ち切り説を後押しした形です。

未完で終わったわけではなく継続中原作小説の歴史

ところで、アニメは終了したけれど原作は?

と気になった方も多いでしょう。

実を言うと『十二国記』の小説は、1991年の『魔性の子』から始まり、1992年刊行の『月の影 影の海』で本格的に“十二国”という異世界を軸にしたファンタジーを展開してきました。

その後、いくつかの長編や短編集が相次いで刊行されましたが、大きな長編としては2001年の『黄昏の岸 暁の天』を最後に長い沈黙期に入ります。

約18年間、新作が出なかったこの空白期間こそが、

「あれ? 作者が書かなくなった?」

「まさかこっちも打ち切り?」

と疑われる要因になったわけです。

実際、ファンの間でも

「もう二度と新刊出ないのかも」

「完結しないで終わるのか?」

と半ば諦めムードが漂っていました。

2019年に降臨した『白銀の墟 玄の月』

この沈黙を破ったのが2019年10月・11月に4巻構成で発表された『白銀の墟 玄の月』です。

戴国(たいこく)の王・驍宗(ぎょうそう)と麒麟である泰麒の苦難を完結へと導く物語で、ファンはまさかの“大復活”に大盛り上がり。

「続きが出るなんて…しかもこのボリューム!」

と、書店に行列ができるほどの熱狂ぶりを見せたのです。

結果として累計発行部数は

シリーズ全体で1300万部を超えた

とも報じられ、Amazonレビューなどでも

「待った甲斐があった」

「圧巻の大団円」

と絶賛の声。

そう、これによって原作が完全に“打ち切りではない”ことが証明されたわけです。

作者・小野不由美さんの執筆スタイル

なぜそこまで長く新刊が途絶えていたのか。

その一因として、小野不由美さんの作家スタイルが挙げられます。

もともと彼女はホラーやミステリー作品でも名を馳せていて、とくに『営繕かるかや怪異譚』シリーズなどが高く評価されています。

ひとつのジャンルに留まらず、幅広い執筆をしているため、“十二国記オンリーで書き続ける”というわけにもいかなかった。

また、小野さんは異世界構築に関して

非常に綿密なリサーチ

を行うことで知られています。

古代中国風の政治や文化を下敷きにしつつ、独自の神仙思想まで織り込むため、構想に時間がかかるのです。

さらにホラー分野も執筆するとあって、そちらの執筆ペースとバランスを取るうちにあっという間に年月が過ぎる――という現象が起きたのかもしれません。

実際、『黄昏の岸 暁の天』後も、小野さんはホラー短編集や怪談集などを断続的に発表していましたから、筆を折っていたわけではありません。

「時間はかかるが、いざ新作を出すと圧倒的な完成度を叩き出す」

という意味では、ファンとしては非常に複雑な気持ち。

でも、その完成度を知っているからこそ

「いくらでも待つよ!」

と耐えられるわけですね。

打ち切り説を完全に払拭する決定打新作短編集の存在

『白銀の墟 玄の月』で戴国編が決着したあと、

「ああ、これでシリーズも終わりかな」

と思われた方もいるかもしれません。

でも実はまだ続きがありそうなんです。

新潮社からは

「次は短編集を予定しています」

とのアナウンスが出ており、そこに収録される書き下ろし作品「幽冥の岸」が既に一部先行公開されているのだとか。

これがまさに打ち切りどころか“続編・外伝が今も作られている”証拠です。

先行公開された「幽冥の岸」は、2020年末に応募者限定で配信され、一時的に大反響を呼びました。

泰麒や李斎(りさい)など、『白銀の墟 玄の月』後の戴国の動向を描くエピソードらしく、ファンとしては

「ここでまた新たなドラマが…!」

と胸を高鳴らせています。

“幻の短編”「漂舶」も収録予定

また、かつてドラマCDの特典という限られた形で公開されていた「漂舶」という短編も、今回の短編集に収録される見込みです。

これは多くのファンが

「読める機会が少なすぎる!」

と嘆いていた作品で、

「ようやく公式で日の目を見るのか…!」

と歓喜の声が上がっているんですね。

作者自身が

「後日短編集で“落穂拾い”をやりたい」

と語っていたという話もあり、慶国の王・陽子や雁国(えんこく)の延王・尚隆(しょうりゅう)たちの新エピソードが収録される可能性も否定できません。

これはもう、シリーズ全体がさらに充実し、完結度が上がる展開が期待されるわけです。

発売延期も「いつもの十二国記ペース」と受け止められる不思議

当初、2021年前後の刊行が示唆されていたこの短編集ですが、2025年2月現在、正式な発売日はまだ発表されていません。

普通なら

「ええっ、予定からこんなに遅れてどうなってるの?」

とざわつきそうなものですが、『十二国記』ファンの多くは妙に落ち着いています。

なぜなら、

「小野さんは長期沈黙の末、ちゃんと新作を出すから大丈夫」

という実績があるから。

過去に18年ものブランクを耐え切ったファンからすると、数年程度は想定の範囲内。

「慌てず待ちましょう」

という心境が広がっているのが面白いところです。

SNSをちらっと覗いてみると、

「主上(小野さん)を信じて待つのみ」

「何年待ったってかまわん、出たら絶対読んで泣くわ」

なんて書き込みがあちこちに。

それこそ、“打ち切り”という言葉とは無縁の光景です。

シリーズの今後新たな長編は出るのか?

では短編集の次に、まだ知られざる他国のエピソードや、陽子が王として慶国を治める続きが描かれるのか――気になるところですよね。

実はまだ

「雁国は? 才国(さいこく)は? 他に登場していない国は?」

と、ファンの想像をかき立てる要素が山盛り。

十二国すべてのエピソードを制覇するには、いくら書いても足りないくらいなのでは、と思わせるスケールなのです。

しかしながら、小野さんが公に「次はこういう長編を書きます」と言ったわけではありません。

ファンとしては

「ぜひ読みたいが、また何年かかるんだろう…」

と胸のうちでザワザワしつつ、それでも

「この広大な世界を描き残すわけがない!」

と信じて待っています。

実際、シリーズを続けるだけの商業的価値も十分。

『白銀の墟 玄の月』が大成功を収めたことを踏まえると、出版社の新潮社としても

「終わらせる理由がない」

という判断をする可能性が高いでしょう。

「完結」する未来か、「まだ終わらせない」未来か

今後、シリーズがいずれ明確なフィナーレを迎えるのか、あるいは小野さんが興味を失わない限り数年おきに新作を出し続けるのかは未知数です。

戴国編のように大きな結末を一つ迎えたあとも、陽子と慶国サイドを深堀りする長編が来るかもしれませんし、王になる前の過去エピソードを描く“スピンオフ系”だって考えられます。

どちらにせよ、「打ち切りで終わる」という未来はあまり想像しづらいのが現状。

長期の筆休止はあっても、時間をかけてきちんと次の物語を届けてくれるという前例ができた以上、ファンは気長に構えているわけです。

海外展開英語版リリースの動き

実はこの「十二国記」、海外でもコアなファンがいます。

アニメ版が英語圏でDVDリリースされたことをきっかけに、一部の視聴者が

「なんだこの深い世界観は…! もっと読みたい!」

と盛り上がり、小説の英訳を求める声が上がってきたんですね。

しばらく英語版は入手困難な状態が続いていましたが、最近アメリカの出版社Seven Seasが改めて英語版刊行を進めるというニュースが流れ、海外ファンの間で歓喜が広がっています。

もしシリーズ全巻が英訳されるなら、

「世界規模で『十二国記』ブームが再燃して、アニメのリメイクや続編も作られるのでは?」

という期待まで出ているほど。

英語圏のコミュニティサイトRedditを覗くと、やはり

「The Twelve Kingdomsって、あのアニメが打ち切りって聞いたんだけど?」

という話題が定期的に上がるものの、それに対して

「原作は今も続いている」

「未完だからまだ続くんだよ」

と、国内ファンと同じような解説をするユーザーの姿も見られます。

つまり、海外にまで「打ち切り説」が浸透しているのはある意味悲しいですが、同時に

「実は続いているから安心して!」

と訂正する流れもセットで起きている状況と言えます。

ファンコミュニティの独特な熱量

「十二国記」を長く追いかけるファンは、コミュニティ内で

「主上(小野不由美さん)」

「崩御(新作が出ない状況)」

なんて言葉を冗談めかして使います。

いかにもファンタジーの世界観っぽいノリで、作者を“王”に喩えるわけですね。

「もう主上が沈黙なさって久しい…」

「次はいつ“王命”が下されるのか」

などと、ちょっと他作品のファンからすると不思議な表現が飛び交いますが、それが彼らなりの愛情表現。

「長期ブランクに慣れっこで、待つことさえも娯楽」

とするファンコミュニティならではのユーモアが根付いているのです。

もちろん、2019年に待望の新刊が出た際は

「主上の御威光、再び炸裂!」

みたいな盛り上がりを見せましたし、Twitterのトレンド入りも果たしています。

打ち切り説を吹き飛ばす好例となったのは言うまでもありません。

その結果として、

「もう十二国記は打ち切りなんかじゃないから。いま短編集を待ってるところなんだから!」

とファンが胸を張って言える状況になりました。

ミュージカルやオーディオブック化メディアミックス拡大

加えて、今後のメディア展開として熱い視線が注がれているのが、ミュージカル化オーディオブック化です。

近年、舞台化やミュージカル化といった二次展開が多くの作品で進んでいますが、「十二国記」も例外ではありません。

報道によると、2025年に『月の影 影の海』編を中心にミュージカルとして公演される計画があるとのことで、ビジュアルや舞台演出など想像するだけでワクワクが止まりません。

また、オーディオブックの制作は既に一部が進行しており、短編集などが音声化されています。

これは通勤・通学中に気軽に物語を楽しみたい層や、目が疲れる方、あるいは家事をしながら聞き流したい層にとって大きなメリット。

役者の演技次第では“陽子や泰麒の声の新解釈”が生まれ、再びシリーズに新鮮な魅力が加わる可能性があります。

オーディオブックがもたらす新ファンの波

ファンタジー小説は登場人物が多く、世界観が複雑であるほど敷居が高いというイメージがあります。

でも、朗読や声の演技が入ると“聴覚的にキャラクターを把握できる”ので、物語に入りやすくなる効果が期待できるわけです。

そうした形で新規読者(聴者?)が増えれば、改めて

「アニメは途中で終わったけど、原作はまだ盛り上がってるんだ」

と認識する人が増え、

「打ち切り説は何だったんだろう」

という空気もさらに浸透するでしょう。

これこそが、現代的なメディアミックスの強みと言えます。

作品世界の魅力なぜここまで長く愛される?

ここまで読んでいただくと分かるように、「十二国記」は“打ち切り”という扱いでは全然説明のつかない人気っぷりを誇っています。

その理由はやはり、作品世界に独特の奥深さがあるからでしょう。

異世界ファンタジーといえば、西洋風や中世ヨーロッパ風の設定が多い中、『十二国記』は中国古典から多大な影響を受けつつ、独自の「十二国」という政治・社会体制を細部まで作り上げました。

王を選ぶのが麒麟であり、麒麟自身も人型に変化する存在で、王が道を踏み外せば国全体が荒廃する――というシビアな世界観。

さらに、

「王とは何か?」

「統治とはどうあるべきか?」

という政治哲学・社会倫理の問いが物語の軸を成しており、ただの剣と魔法の冒険譚に収まらない深さがあるのです。

これが多くの読者の心を掴み、

「現代社会にも通じるテーマだ」

「陽子のように自分も成長したい」

という共感を呼んでいます。

女性主人公・女性の王が多い意外性

もう一つ特筆すべきは、物語を動かす主要キャラクターに女性が多い点。

特に陽子が異世界に来たばかりの時は、ただ戸惑い苦しむ“普通の女子高生”でしたが、次第に王としての責任を背負って強くなるという成長物語が読み応え抜群。

また、他国にも女性の王が登場し、悲惨な歴史を経て国を立て直していく姿が描かれるなど、男性中心のファンタジーとは大きく異なる視点が興味深いところです。

こうした点はアニメ版でも大きく取り上げられており、当時「NHKで放送されるのは珍しいタイプのファンタジーアニメ」という声も少なくありませんでした。

ネット上の議論打ち切りと思い込む人への反論

Twitterやブログ、5ちゃんねるなどを見ていると、ときどき

「十二国記、打ち切りになったよね」

と書き込む人がまだいます。

そのたびにファン有志が

「原作は続いてますよ! アニメが途中で終わっただけですよ!」

と訂正したり、

「2019年には大長編も出ましたし、今は短編集を待ってるんですよ」

と情報を共有したりする光景が見られます。

こうしたネットでのやり取りを見ると、ある種の“温かい”コミュニティが形成されていると感じます。

誤解を正しつつ

「むしろアニメの続きは原作で読んでみてほしい」

「新刊を読めばすべて分かる!」

など、半ば布教活動のような勢いで作品を勧める様子を見かけることもあります。

このあたりも、打ち切り説が拡散している一方で、地道に否定され続けている現状を象徴しています。

「未完」は作品の魅力を削がないどころか、むしろ高めている

いったん考えてみると、

「十二国記は未完だからこそ、いつか新刊が出るという期待感がファンの熱量を持続させている」

のではないでしょうか。

完結した作品も安心して読める良さがありますが、先があるかもしれないというドキドキは長期シリーズならではの楽しみ。

過去に18年ものブランクがあり、今また短編集が出るのを焦らず待てるのは、“十二国記の復活劇”を一度経験したファンの自信でもあります。

「いつか必ず出してくれる、しかもめちゃくちゃ面白い形で」と。

そういう意味では“打ち切り”という言葉がもっとも似合わない作品なのかもしれません。

一方で新規ファンにも優しい構成

そもそも『十二国記』は、各エピソードが異なる国や王を主軸に据えて進むので、必ずしも刊行順に読まなくても楽しめる構造です。

アニメ版から興味を持った人が途中の巻から入っても理解は可能。

たとえば「月の影 影の海」を読んだあとに「図南の翼」に飛んで、また別の物語に移るといった読み方もできちゃいます。

だからこそ、新作が一時期出なくとも「既刊を再読しながら待つ」楽しみがある。

それが長年ファンをつなぎ止めてきた大きな要因と言えるかもしれません。

打ち切り説は誤解、十二国記はまだ道半ばの“生きた”物語まとめ

ここまでの流れを俯瞰すると、結論は明確。

「十二国記」はアニメ版が45話で終了しただけであり、原作小説は決して打ち切りになっていないし、むしろ2019年の『白銀の墟 玄の月』刊行に続いて新作短編集まで計画されている、まさに“現在進行形”のロングシリーズです。

アニメ終了後に長年続編が作られず、作者も長期沈黙していた時期があったことで誤解が生まれただけ。

海外ファン含め、多くの人が誤情報を受け取って

「もう終わったんじゃないの?」

と考えてしまうのも仕方ない一面はありますが、実のところシリーズ自体はしっかり存続中。

ファンは気長に筆の進みを待ちつつ、一部では

「いずれ完全リメイク版アニメが作られたら嬉しい」

という夢を語ってもいます。

「十二国記」がこんなにも長く愛されるのは、作品世界の緻密さとキャラクターの成長物語が読者に強いインパクトを与えるから。

特に中国風ファンタジーという独自路線をとりつつ、“王とは何か”“リーダーの責任とは”といった社会性の高いテーマを映し出す点は、従来のライトノベルやアニメではあまり見られない深みを持っています。

さらに、女性主人公が多く登場し、壮絶な状況のなかでも王としての資質を問われ続けるという物語構造が意外なほど多くの読者に刺さっています。

それはアニメ版にも反映され、NHKで放送された当時のファンを一気に取り込んだ要因の一つでした。

「打ち切り」の印象を覆した『白銀の墟 玄の月』の功績

2019年に出た4巻構成の新作長編によって、

「長期休止はあっても、終わったわけではない」

という事実が圧倒的な説得力をもって示されました。

ネットでも

「最終巻で泣き崩れた」

「久々の十二国記なのに全然衰えていない」

と感想が大量に投稿され、「#十二国記」「#戴国」「#泰麒」などが盛り上がる盛況ぶり。

ここで初めてシリーズに触れた人も少なくなく、

「もっと早く知っておけばよかった」

「続きがあるなら読ませて!」

と逆にモチベーションを高めています。

これがさらに短編集への期待につながり、いよいよ“打ち切りどころかむしろ元気に進行中”という印象が確立したわけです。

ミュージカルやオーディオブックで新規層を取り込む

もしこれからミュージカル公演が実現すれば、劇場に足を運ぶ舞台ファンが“十二国記”の世界に魅了され、新たな読者層が増えるかもしれません。

一方、オーディオブック化によって“ながら読書”ができる状態が広がれば、子育てや仕事に忙しい人でも通勤・家事の合間に物語を楽しみやすくなるでしょう。

特に登場人物が多い『十二国記』は、声の演技があることでキャラクターの違いを把握しやすくなるメリットも大きいです。

そうなれば自然と

「アニメは途中までだったけど、原作はまだ終わってないんだって?」

という認識が広がり、打ち切り説がさらに遠のくはず。

新規読者へのオススメの入り口

もし

「十二国記? 名前は聞いたけど、どこから手をつけたらいいの?」

という方がいたら、まずは1992年に刊行された長編『月の影 影の海』から読むのが定番です。

そこで陽子と一緒に異世界へ放り込まれる衝撃を味わい、続けて『風の海 迷宮の岸』や『東の海神 西の滄海』などを読んでいくと、作品世界の広がりに目を見張ることになります。

『魔性の子』は現代日本を舞台にしつつ異世界とつながる物語で、これも外せない重要作品。

短編集や外伝的な作品も多いため、刊行順かストーリー上の時系列か、あるいはアニメ版を補完する形で読み進めるか——いずれにせよ、楽しみ方は複数あるのが大きな魅力です。

アニメとの比較も面白い

アニメ版では“杉本”というオリジナルキャラが加わり、原作にない展開がいくつか挟まれました。

これについては賛否両論あったものの、一度アニメを見てから原作を読むと

「そういう補完の仕方か」

と納得したり、

「このキャラは原作だと存在しないんだ」

という驚きがあったりします。

どちらも味わってこそ、未完に見えるアニメと継続中の原作のギャップが楽しめるわけです。

それこそアニメが新たにリメイクされれば、

「オリジナルキャラなし版」

「忠実に原作を映像化する版」

が観られるのでは? といった期待も生まれます。

いつの日かそんな発表がされれば、SNSはお祭り騒ぎ間違いなしでしょう。

「打ち切り」という誤解を解くために

やや繰り返しになりますが、“打ち切り”という表現はここまで見てきた状況を踏まえると、かなりミスマッチです。

  • NHKアニメ版は45話で終了したが、あくまで原作が未完だったので一区切りをつけた形。
  • 小野不由美さんは執筆をやめておらず、むしろホラー含む多彩な作品を手掛けながら「十二国記」の新作も出した。
  • 2019年の長編新刊『白銀の墟 玄の月』で、シリーズはまだまだ続くことが明白に。
  • 短編集が進行中で、新たな短編「幽冥の岸」や幻の「漂舶」が収録予定。
  • メディアミックス(オーディオブック、ミュージカルなど)も盛り上がりを見せる。

つまり打ち切りどころか、「ファンがしぶとく待ち続けるだけの魅力を持ち、作者もそれに応える作品」なんです。

未読者も復習組も一緒にワイワイ今後の楽しみ方

待望の短編集が出る日がいつになるかは分かりませんが、過去の例に鑑みれば、やはり“小野さんのペース”で進行するでしょう。

その間、新作を待つファンは既刊の再読をしたり、考察や二次創作に没頭したり、海外版情報を追いかけたりと、それぞれのスタンスで楽しんでいます。

また、これから読み始める人は、連作短編集や外伝を挟んであえて順番をシャッフルしてみるとか、SNSで

「お気に入りの国はどこ?」

みたいなアンケートを探すとか、いろんな遊び方ができるはず。

「十二国記」自体が大きなコミュニティを形成しており、一度足を踏み入れれば打ち切り説なんて言葉が自然と頭から消えるかもしれません。

打ち切りどころか、いまも生命力が脈打つ十二国記ワールド結論

以上、アニメ版終了と原作小説の継続性、短編集やメディアミックス、海外展開までまとめてみましたが、改めて言えるのは

「十二国記は死んでない!」

という一言に尽きます。

アニメが45話でストップした時期は確かに中途半端に見えましたが、それを以て“打ち切り”と決めつけてしまうのは早計。

作者・小野不由美さんはホラーの傑作も書きながら、十八年後に堂々たる新刊を投下し、今また短編集という次の展開を示唆している。

ファンは発売がずれ込もうとも静かに待ち続け、その間にSNSやイベントで盛り上がる。

ここまで一体感があり、打ち切りとは正反対の“進行形”を味わえる作品こそ、『十二国記』だと言えるでしょう。

もしまだ読んだことがない方や、アニメを途中までしか見ておらず「未完で残念だったな」程度の印象で終わっている方がいれば、ぜひ原作に触れ直してみてください。

そして、これから出る(はずの)短編集や、その先にあるかもしれない新たな長編、さらにはミュージカルやオーディオブックといったメディアミックスに期待を膨らませていただきたいと思います。

実際、作品世界を堪能し始めたら、あっという間に

「あれ、打ち切りって言葉はどこから出てきたんだっけ?」

と記憶から飛んでいくはずです。

“終わっていない物語”だからこそ、まだまだこれから。

深淵なる十二国の世界は、あなたがページを開き、あるいは耳で聞き始めたその瞬間から、王道を歩み始めるのではないでしょうか。

どうぞ存分にご堪能を。

-その他